上 海

蘇州

蘇州の歴史は、4000年以前に遡ります(文字記録のある歴史)。約2500年前(紀元前514年)の春秋時代に、蘇州は「呉」の国の都としてはじめて蘇州城を造りました。隋王朝の開皇9年、一州となって郊外の姑蘇山にちなんで蘇州と名づけました。
古来より「天に極楽あれば地に蘇州」とうたわれた如く豊かで水上輸送の要所で幾筋もの運河があり、絹織物の生産が盛んな所でした。当時は、地主・官僚・豪商達の別荘もあり、豪華な庭園を造って享楽にふけったようです。
蘇州を総じて東方のベニス、魚米之郷、シルク之府と呼ばれている。

虎丘塔

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虎丘塔、別名雲岩寺塔。八角形で七層の虎丘塔は、煉瓦で建てられたものです。高さは47.5メートル。宋王朝の961年に建てられました。 虎丘塔は15度くらい北へ傾いている。伝説によると、春秋時代に呉の国王・夫差がこの虎丘に下に埋葬されました。3日後に白虎がその辺に出没していたことが伝わり、その地を虎丘と呼ぶようになったわけです。  埋葬時に愛剣3000本が副葬されたというが、秦の始皇帝と呉の孫権が人に探させたものの発見できなかったといわれる。 「臥薪嘗胆」の語源となった故事の舞台となったところである。

拙政園

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拙政園(せっせいえん)。蘇州四大名園の一つで中国四大名園の一つにもなっています。拙政園は世界遺産としての「蘇州古典園林」の主格です。 宮廷色の強い頤和園(ぎわえん)を代表とする北京の庭園をロイヤル・ガーデンとすれば、蘇州の庭園のほとんどは昔地方の文人や官僚などが所有するプライベート・ガーデンである。 拙政園は、1509年に官僚の王献臣によって造営され、王献臣は官僚を追放され、故郷の蘇州に戻りました。愚かなものが政をつかさどるという意味で「拙政」と名をつけたという説があります。面積約5ヘクタールの拙政園は蘇州の庭園の中でもっとも広いものです。8年の年月を費やして造られたそうだ。 拙政園は、東園、中園、西園の三つの部分に大きく分けられ、園内で中心的な存在は水で、全体の約5分の3を大小の蓮池が占めている。蓮池の周りに東屋、橋、回廊、緑が水面に映って美しい景観を構成している。その極まりがまさしく「遠香堂」を主体とする中園で、夢のような空間を感じさせます。中国古典文学名作の「紅楼夢」の舞台がここをモデルとしたらしい。

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